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横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)1166号 判決

原告

鈴木二郎(仮名)

右訴訟代理人

岡村親宜

被告

日本鋼管株式会社

右代表者

槇田久生

右訴訟代理人

高梨好雄

外三名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一、原告

「1原告は被告に対し、期間の定めのない労働契約上の地位に基づく権利を有することを確認する。2被告は原告に対し、金二万九六四八円および昭和四七年五月から一か月につき金五万四〇六〇円を毎月二二日限り支払え。」との判決及び第2項につき仮執行の宣言の申立。

二、被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者双方の主張

〈前略〉

三、被告の抗弁

1 (解雇の意思表示)

被告の鶴見造船所就業規則(以下単に「就業規則」という。)第八六条及び被告と日本鋼管造船労働組合連合会間に締結された労働協約(以下単に「労働協約」という。)第二八条には、いずれも「会社は、社員(組合員)がつぎの各号の一に該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、情状により減給または出勤停止あるいは諭旨解雇にとどめることがある。」旨並びに同条の各一二号には、「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用して雇入れられたとき。」と規定されているところ、原告には右に該当する行為があつたので、被告は前記昭和四七年四月一四日、原告に対し、右就業規則第八六条及び労働協約第二八条の各但書を適用したうえ、就業規則第八四条四号及び労働協約第二六条四号各所定の方式に従い、原告を諭旨解雇(以下「本件解雇」という。)に付する旨の意思表示をしたもので、同日をもつて原告との雇用契約関係は終了した。〈後略〉

理由

一雇用契約の成立と本件解雇の意思表示

原告が昭和四五年四月一三日被告に期間の定めなく雇用され、以来、被告の鶴見造船所艤装工作部機装係において勤務してきたこと、同造船所の就業規則第八六条及び労働協約第二八条には、抗弁1に主張のとおりの各規定が存すること、そして、被告が原告に対し、昭和四七年四月一四日、原告に懲戒解雇事由たる右就業規則第八六条及び労働協約第二八条の各一二号にいう「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき。」に該当する行為があつたとして、右各条但書の「ただし、情状により減給または出勤停止あるいは諭旨解雇にとどめることがある。」旨の規定を適用したうえ、就業規則第八四条四号及び労働協約第二六条四号各所定の方式に従い、諭旨解雇する旨の意思表示をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二被告が挙示する経歴詐称等の有無について

1  (学歴の点)

原告が採用試験を受ける際、被告に提出した入社志願書の学歴欄には「昭和三八年三月新宿区立四谷第二中学校」卒業とのみ記載されていること、しかし真実は、原告は同中学校を卒業後、東京都立新宿高校に入学して昭和四一年三月同高校を卒業し、同四二年四月東京大学文科三類に入学していることは、いずれも当事者間に争いがない。

なお、原告において、原告はその後東京大学を除籍になつているはずと主張するが、〈証拠〉を併せると、原告は昭和四四年一二月ごろから学業を放棄し、東京大学には通学していない状態が続いていたが、正式に中退届を提出したわけではなく、原告の母親において独自に休学届を提出していたため、被告の採用試験の当時、形式的には原告はいまだ同大学の学生たる地位にあつたことが認められる。

2  (職歴の点)

入社志願書の職歴欄には、原告が昭和三八年四月から同四二年九月までは宮田燃料販売に、同年一〇月から同四四年四月までミツシヨン・コーラに、同年五月から同年一二月まで日本貨物急送株式会社に、同四五年一月から同年三月まで大里製作所に、それぞれ勤務した旨記載されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、被告は、大里製作所以外の三社に原告は勤務したことがなく、この点の記載は詐称に該当すると主張する。しかして、原告は、その本人尋問において、右三社については社員として勤務したことはないが、いずれも東京大学通学中に一時期アルバイトとして稼働していた旨供述しているが、〈証拠〉を併せると、昭和四六年一二月ごろ被告において調査した結果によれば、川崎市所在の日本貨物急送株式会社からは、原告が一時同社にアルバイトで働いていたことはあるがその詳細は分明でない旨の報告を受けたこと、しかし、他の二社については、入社志願書においてその所在地とされている立川市及び品川区五反田付近のいずれにも、これに該当する会社を発見することができなかつたこと、が認められる。

右によれば、宮田燃料販売、ミツシヨン・コーラについては、当時における、これら会社の存否も疑問であうるえ、仮に、これら二社が存在し、原告が大学に通学するかたわら右二社にアルバイトで働いたことがあつたとしても、入社志願書の記載は、時期の点で大幅に事実と異なり、しかも、通常の従業員の如く継続的に勤務していたものではないのであるから、その旨の申告もまた事実に反しているといわざるをえない。日本貨物急送株式会社についてもその期間等については上記二社と同断の関係にある、ということができる。

3  (家族状況の点)

入社志願書の家族状況欄には、父鈴木太郎、兄鈴木一郎はともに紀陽石油に、弟鈴木三郎は村田製作所にそれぞれ勤務している旨記載されているが、当時父太郎は自由民主党所属の衆議院議員であり、兄一郎は東急電鉄株式会社に勤務し、また弟三郎は神戸大学に在学中であつたこと及び父兄の現住所としてそれぞれ田辺市と記載されているが、事実は東京都中野区であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

三原告が被告に採用されるまでの経過

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  (原告の経歴)

原告は、上述のとおり衆議院議員鈴木太郎の次男であるが、高校生ごろから父とは人生観、社会観を異にするようになり、東京大学に入学してからは川崎セツルメント運動に参加し、やがて右活動に従事するうち、自民党代議士の息子という身分や東京大学の学生という地位を捨て去つて一人の現場労働者として生き抜きたいと考えるようになり、昭和四四年暮ごろから家族との連絡を断つて川崎市内に居住し、大学にも通学しなくなつた。そして翌四五年一月から、原告は、自活のため東京都大田区所在の前記大里製作所に工員として稼働するようになつたが、同製作所は従業員数名の小企業で、雇主との関係も良くなかつたことなどから嫌気がし、同年三月中旬ごろ退職した。

2  (原告が被告の採用試験を受けた契機)

原告は、大里製作所を退職してから次の就職先を捜していたところ、昭和四五年三月二一日、毎日新聞夕刊に載つた被告の正社員募集の広告を見て、これに応募することとした。右広告によれば、応募資格は「中卒又は高卒」、「各職種とも経験不問」とされていた(右の日の毎日新聞夕刊に、上記のような広告が載つたことは当事者間に争いがない。)

3  (採用試験について)

昭和四五年三月二四日、川崎市内の山一証券ビルにおいて被告の入社試験が行なわれた(この点は当事者間に争いがない。)。原告は、その際、被告所定の入社志願書を交付され、それに学歴、職歴、家族状況等を記入し、末尾の「上記の通り相違ありません。本書に虚偽の記載あるときは解雇又は採用を取消されても異議ありません。」との文言下に署名押印をして提出した。

しかし、右入社試験において、原告はペーパーテスト、面接のいずれにおいても家族構成、過去の職歴などについて質問されず、また、被告も入社志願書の記載事実に関しては、前記大里製作所に照会しただけでその余の調査を行なわなかつた(以上は当事者間に争いがない。)。右試験結果により、原告の採用を可とする評定がなされ、これに基づき同年三月三一日、被告において原告を採用することが内部的に決定され、入社試験から約二週間後に、原告宅に採用通知が到達した(右のころ原告宅に採用通知が届いたことは当事者間に争いがない。)かくして、原、被告間には同年四月一三日付の労働契約書(乙第四号証)が取り交されたが、その際、原告は右契約書の連帯保証人欄に勝手に父鈴木太郎の記名をし、有合わせ印を押捺した(労働契約書の連帯保証人鈴木太郎作成名義部分が原告の偽造にかかることは当事者間に争いがない。)。

四原告の経歴詐称等発覚の契機と本件解雇に至るまでの経緯

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、これを左右し得る証拠はない。

1  (原告の経歴詐称等発覚の契機)

原告は、昭和四六年一一月一九日、比谷公園で開かれた沖繩返還協定批准反対の集会に参加した際、逮捕、勾留され、その結果、同年一二月一一日まで被告を長期欠勤した。ところで、原告はこれに先だち、同年一一月中旬ごろ上司の鶴見造船所艤装工作部の齊木幸保工長に結婚のため同月二〇日ごろから休暇をとりたい旨申し出ており、また、同じく上司である同工作部の阿達謙蔵作業長宛には、右欠勤中である同月二四日ごろ霧生と名乗る女性から、原告の妻が和歌山で交通事故に遭つた旨の電話連絡があつたほか、原告名義を用いた、同月二八日付京都発信の書簡で二週間の結婚休暇願及び同年一二月三日付熱海発信の書簡で妻の発病による休暇延長願がそれぞれ送付された。

一方、鶴見造船所艤装工作部の谷田部八郎事務係長は、同年一一月二七日ごろ原告の状況を尋ねるべく入社志願書記載の現住所鶴見区馬場町七六一番地霧生方に電話をしたが、既に原告は同年春に他に転出している旨の返答を受け、さらに、阿達作業長から上述の電話や書簡の件を教えられて、原告の身辺に不安と不審を抱くようになり、同年一二月七日同じく志願書記載の本籍地和歌山県田辺市平屋敷町二九番地に電話で問い合わせたところ、応対に出た者から、原告は東京に居住し、東京大学の学生であること及びその父太郎は衆議院議員であることを知らされた。驚いた谷田部事務係長は、直ちに鈴木太郎方に電話したところ、原告の母親から、原告は東京大学に在籍しているが二年ほど前から行方不明になつている旨知らされた。そして、翌一二月八日来社した右母親の説明により、被告は初めて原告の入社志願書における学歴、職歴、家族状況等の記載は事実に反するものが多く、また、労働契約書の連帯保証人鈴木太郎作成名義部分が前記のとおり偽造にかかることを認識した。

かくて、被告は同年一二月一三日の時点において、原告の経歴詐称を確定的に承知するに至つた(この点は当事者間に争いがない。)

2  (本件解雇に至るまでの経過)

原告の母親は昭和四六年一二月一三日被告に来社して原告に会い、家に帰るよう勧めた(このことは当事者間に争いがない。)。右母親は、原告については、東京大学に休学届が提出してあり、是非復学させたいので協力してほしい旨被告にも要請したので、同日及び翌一四日に鶴見造船所の加納治労務部長と谷田部事務係長とが原告に復学するよう説得したが(一三日に、同人らが原告に復学を勧めたことも当事者間に争いがない。)、原告は現場労働者として働き続けたいと述べてこの説得に応じなかつた。そこで同月一四日ごろ、同造船所柿沼康治所長、神浦涛太副所長及び加納労務部長らの間で原告の処置について協議検討がなされ、その結果、原告の経歴詐称は重大であり、最終的には解雇処分にせざるをえないとされたが、しかし、現段階で原告が解雇されるとその所在が再び不明となつて復学の機会も失なわれる恐れがあり、家族においてさらに説得するので、しばらく猶予してほしいとの原告の両親の懇請を容れ、かつは、その父親の社会的地位等をも慮り、なお事態の推移を見守ることにした。

けれども、翌四七年二月下旬、前記所長、副所長及び労務部長は、再び来社した原告の母親に会つて、原告の意思が固く説得不可能な状況にある旨、さらには母親が望みをかけていた東京大学文学部関野雄教授の説得も実現の見通しが立たない有様である旨の報告を受けたので、会社の秩序維持の観点からこれ以上原告の処置を放置できないとして、同年四月六日、来社した母親に加納労務部長が右意向を伝えたところ、同月一〇日、原告の両親からやむを得ないとの返答がなされた。そこで、被告は原告の境遇及び将来を慮つて懲戒解雇によらず諭旨解雇にすることとし、前述のとおり、同月一四日原告に対し本件解雇の意思表示をした。

五解雇の効力について

上記一ないし四の事実に基づき、本件解雇の効力の有無について判断する。

1  ます、就業規則第八六条及び労働協約第二八条の各一二号にいう「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられたとき。」なる条項の趣旨について考察する。

(1)  そもそも、使用者が労働者を雇用する際に、学歴、職歴等その経歴を申告させるのは、これら労働者の過去の行跡をもつて従業員としての適格性の有無を判断し、かつは、採用後の賃金、職種等の労働条件につき、これを正当に評価決定するための資料を得ることにあるから、これに、所謂終身雇用制が一般化して、雇用契約関係は労使双方の相互信頼を基調とする継続的な人間関係にまで及んでいる現状を合わせ考えると、労働者は、雇用されるに際し、その経歴等の申告を求められたときには、使用者に叙上の諸点についての認識を誤らせないよう真実のそれを申告ないし回答すべき信義則上の義務があるものというべきである。したがつて、労働者が経歴等を詐称して雇用された場合には、右信義則上の義務に違背しているのみならず、使用者の欺罔された容態のもとにおいて、本来従業員たりえないのに従業員たる地位を取得し、さらには、あるべきものと異なる職種賃金を得て企業内の適正な労務配置、賃金体系等を乱していることになるから、就業規則あるいは労働協約においてかような経歴詐称を懲戒解雇事由として規定することには、それなりの合理的な理由と必要性があるというべきである。

原告は、経歴詐称は、労働契約成立過程における問題にすぎず、経営秩序を、侵害するものではないので、懲戒事由たり得ないと主張するが、上来の説示から明らかなように、右主張は、採ることができない。

(2)  次に、前記条項にいう「重要な経歴をいつわり」とは如何なる場合をいうかを考えるに、それは、経歴のうち、使用者の認識の有無が当該労働者の採否に関して決定的な影響を与えるものについての秘匿又は詐称、提言すれば、労働者が真実の経歴を申告ないし回答したならば、社会通念上、使用者において雇用契約を締結しなかつたであろうという因果関係の存在が認められる場合をいうものと解するのが相当である。

原告は、重要な経歴詐称とは、単に経歴を詐称したのみでは足りず、経営秩序ひん乱の「具体的結果の発生」が要件とされるべきである旨主張する。しかし、経歴を詐称して雇用された場合には、既にその時点において経営秩序を侵害しているものとみられることは上述のとおりであり、加えて、詐称の内容が重要であれば、それは労働者の不信義的性格の極めて大きな徴憑というべく、懲戒解雇事由としての客観的合理性は優に具備されていると解されるから、原告の右主張もまた採るをえないものというほかはない。

2  進んで、原告の経歴等詐称行為が前記条項に該当するか否かについて検討する。

〈証拠〉に徴すれば、被告における現場作業員の募集は、職種及び同僚、上司との協調、和合などを配慮して、その学歴を前記のとおり「中卒又は高卒」に限定したものであり、したがつて、原告についてその申告のとおり中学卒と信じたからこそ採用したものであり、もし真実の学歴を知らされ、東京大学にまで入学している者であることを知つていたならば、上記観点から原告を採用しなかつたであろうことが認められる。〈証拠判断省略〉しかして、かような被告の採用方針は、その職種の内容や職場における同僚、上司との人間関係に重点を置いて定立されたもので、それなりの理由と必要性があるものと解せられるから、その帰結としての叙上のような因果関係は、社会通念に照らして首肯することができる、といわねばならない。

してみれば、右学歴秘匿のほかに職歴、家族状況の不実記載等その内容、態様のすべてを考え合わせると、原告の入社志願書の虚偽記載は前記条項にいう「重要な経歴をいつわり」に該当するものというべきである。

3  原告は、被告が、懲戒処分のうち諭旨解雇を選択したことは裁量権の行使を誤つたもので、解雇権の濫用にあたる、と主張する。

しかして、〈証拠〉によれば、原告は、被告に入社志願書を提出に当たつて、一人の現場労働者として生き抜きたいとの既述のような信条を貫くとともに、真実の学歴、家族関係を記載すればおそらく採用されないであろうとの危惧のもとに、本件虚偽の申告をするに至つたことが窺われ、したがつて、右申告の動機については、原告の置かれた状況下においては、それなりに諒解し得るものがあるといえるし、また、前認定の事実に照らし、被告の行なつた原告に関する前歴等の調査、確認には、いささか粗雑な点のあつたことも否み難いところといえる。しかしながら、かような事情を勘案しても、原告の虚偽申告の内容、程度、それに経歴詐称が発覚するまでの経緯、さらには、〈証拠〉によつて、原告は、日本鋼管造船労働組合連合会との協定に基づきその職場で実施されている始業時間前の準備操体にも参加しないなど上司、同僚との協調性、連帯性に欠けるところが看取されることなど諸般の状況を総合して判断すれば、被告において懲戒解雇を原則としている経歴詐称につき、いわば減刑処分にあたる諭旨解雇を選択したことには合理的な理由があり、これをもつて裁量権の行使を誤つたものとは到底評価し難い。

もつとも、被告が現場作業員として大学中退者及び短大卒業者を少数採用していることは、当事間に争いがない。けれども、〈証拠〉によれば、被告は、現場作業員の採用試験に際して、大学中退者等が自ら学歴を告知して入社を求めてきたときは、その中退等の理由に合理性が認められ、誠実に働く意慾も窺えるなど特に見るべき点があれば、場合により大学中退者等を採用しているのであり、これは特殊、例外的なものであることが認められるのであつて、この認定を妨げるに足る資料はない。そうとすれば、右争いのない事実も未だ前記の判断を左右し得る事由とは解し難い。

そして、他に被告において解雇権を乱用したと窺うに足る事情も見あたらないから、この点に関する原告の主張は理由がなく、採用できない。

4  原告は、本件解雇の真の理由は、被告が原告の政治的信条もしくはその組合活動を嫌悪したことによるものであるから、労働基準法第三条に違反するかもしくは労働組合法第七条一項にいう不当労働行為に該当する旨主張する。

〈証拠〉を併せると、原告はかねてより所謂労使協調路線をとる被告の労働組合の姿勢に不満を抱いていたが、昭和四六年九月二五、二六の両日開催された鶴見造船労働組合の定期大会に職場代議員代理として出席した際、執行部提案の運動方針案に賛成せず、来春闘にはスト権の確立をも求めるが如き発言をしたところ、翌二七日には谷田部事務係長、阿達作業長に呼びだされて、右のような言動の真意を問いただされたうえ、右労働組合の執行部等が中枢を占めている団体である「二八会」に入会するよう勧告されたりしたこと、また、昭和四七年二月被告から勤務制度の改訂案が提示されたところ(この事実は当事者間に争いがない。)、原告はこれに反対して同月二〇日ごろ同志約一〇名とともに「鶴造闘う労働者連絡会」を結成し、同年三月中旬の職場集会において、組合執行部が同月上旬に支持する方針を示した修正案に反対して無記名投票による採決を主張し、その結果、原告の所属する職場においては右の投票制が採用されて修正案が否決されるに至つたこと、同月二一日藤原艤装係長が原告ら係員に対し、「四月に班がえをする。地上艤装班と船内艤装班とに分ける。」と申し述べたところ(この事実は当事者間に争いがない。)、原告は同年四月一日のミーテイングで右班がえに反対したこと、さらに、同月上旬からは「どたぐつ」という「鶴造闘う労働者連絡会」の機関紙を作成配付し、かつその活動に積極的に従事してきたこと、以上の事実が認められる。〈証拠判断省略〉

右の事実によれば、たしかに原告はその主張のような活動をしていたことが認められ、そして、原告の上司である阿達作業長、谷田部事務係長らが原告のかような言動を好ましく思つていなかつたであろうことは推認するに難くないから、かかる事情が被告をして原告の両親の要請でもある原告の円満退職への途を早期に断念せしめるひとつの契機となつていたのではないかとも推察される。しかし、本件解雇については、前認定のとおり、既に原告の経歴詐称が判明した直後の昭和四六年一二月一四日ごろ、鶴見造船所々長、同副所長、同労務部長三者の協議において原告が円満退職に応じない場合にはこれを断行する旨内部的に決定されていたものであるから、原告の上記のような活動は何ら本件解雇の主たる理由になつていたとは認め難く、たかだか本件解雇断行の時期決定の一縁由にすぎなかつたものと見るのが相当である。さすれば、上記のような活動を目して原告の主張を裏付ける有力な証左とはにわかに断定し難く、他にも本件解雇が原告の政治的信条や組合活動を決定的要因としてなされたものとみるべき事情は見あたらないから、この点についての原告の主張もまた失当というほかはない。

5  以上の次第であるから、本件解雇はその効力を有し、したがつて、これにより原、被告間の雇用契約関係は昭和四七年四月一四日をもつて終了するに至つたものというべきである。

六よつて、本件解雇の無効を前提とする原告の本件各請求はいずれも理由がなく失当であるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中田四郎 本田恭一 杉本正樹)

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